ソラマメブログ

  
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2010年02月06日

アナザーリアリティー試論・7

 人は、肉体のほかに魂(あるいは霊魂)があり、そのふたつがひとつになることで「生きている」状態と考えている。いや、そう思っている人が圧倒的に多いだろう。魂や霊魂が、たとえ科学的に証明されていなくとも、物体である肉体に何らかの作用を及ぼす別のものがあって初めて、生きた生物としてあるのだと考えている人が多いと思う。また、この肉体を離れた魂なり霊魂の思想があるからこそ、天国なり地獄といった世界も成立している。
 ここでいう「魂」や「霊魂」は心霊学的な捉えかたになるだろうが、この論の主旨であるアナザーリアリティーに当てはめて考えたとき、これを心理学的な「自我」と捉えてみれば、現実の肉体を離れて仮想空間の中で「もうひとりの自分」にそれを投影し、自己を確立していく要素となることは、わりと受け入れ安い思考ではないだろうか。
 心理学では、自我、超自我、エスと自我にも段階があることを解いているが、日常でも人は多面的な要素を併せ持っており、いくつかの「顔」がある。先に延べた、アバターやキャラクターが腹話術の人形のように用途によって使い分けられるのと同じように、日常でも人は、シーンによって自分を使い分けているといえる。
 つまり、アナザーリアリティーは現実の自分を映す鏡にほかならないと言えないだろうか。
 意図して仮想世界のアバターやキャラクターに自己を反映させるのではなく、現実世界で鏡に自分を映すように、自然に自己が仮想世界のアバターやキャラクターに反映されるのである。



※「おたくま経済新聞」にてコラム連載中。
http://www.otakei.otakuma.net/  

Posted by 猫目ユウ at 05:22Comments(0)essay